ユースホステルの活用法5
また、このイベント(お茶会・ミーティング)が日本のユースホステルに定着するに至った別の理由もありま
す。その理由とは、ユーザー側にとっての必要性であり、日本の歴史や文化と密接な関係があります。
日本にユースホステル協会ができた時、日本にユースホステルは存在しませんでした。ユースホステルが無いのにユースホステル協会が先に出来たのです。これがドイツのケースと違います。
世界初のユースホステル運動は、ユースホステル協会よりも先に、ユースホステルの建設を行いました。その提唱者である小学校教師リヒャルト・シルマンは、協会をつくるよりも先に、自分が勤める小学校をユースホステルに改造することからスタートさせました。その後、ドイツユースホステル協会ができるわけですが、ドイツユースホステル協会の仕事は、ユースホステルを建設することが主な仕事でした。
ところが、これが日本の場合は全く違っていました。日本ユースホステル協会は、日本にユースホステルを作る能力も資金も無かったのです。というより、ユースホステル運動の歴史そのものを知らなかった。ドイツで、どのようにユースホステル運動が発展していったか、その歴史過程を知らなかった。知らないまま旅行バブルを迎えてしまった。そのために日本におけるユースホステル運動は、施設を作る作業は遅々として進まなかったのです。ユースホステル協会は立ち上げたが、ユースホステルそのものは無いということになってしまったのです。
しかし、ユースホステルが無くても活動はしなければならない。日本ユースホステル協会の創設者は、考えたあげく、日本ユースホステル協会そのものが、ホステリングというイベントを企画し、平日には茶話会というものを企画しました。その茶話会が派手なイベントでした。中山正男、大宅壮一、下中弥三郎、金子智一といった当時の超有名人が、一般人とお茶を飲み合ったのです。これが発展していってお茶会・ミーティングといったイベントが日本のユースホステルに定着するにいたるのですが、これが当時の青少年の水にあっていました。
つづく
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